インドネシア保健医療支援(医師)

インドネシア・ボゴール赤十字病院への派遣

福岡赤十字病院 外科医師 井上重隆 (派遣期間:平成20年2月16日~3月10日)

インドネシアでの活動の様子の写真 平成20年2月16日から3月10日までインドネシア、ボゴール市にある赤十字病院に対する保健医療支援事業として日本赤十字社からインドネシア赤十字ボゴール病院へ派遣されました。日本とは大きく異なるインドネシアの都市部および郊外部での医療事情について報告します。

事業の概要

 日本赤十字社はインドネシア赤十字社との二国間事業の一つとしてインドネシア赤十字病院に対する支援を1989年から行ってきました。本事業はこれらの中で、とくにボゴール病院から要望のあった「外傷センター」、「新生児集中治療室」、「集中治療室」に必要な医療資機材について、3年間で整備することを目的として2007年1月より開始されました。これまでに3名の医師、1名の助産師、7名の看護師が派遣され、現地の医療事情を視察するとともに、助言、指導を行ってきました。

インドネシアについて

 インドネシアは2億4千万人と世界第4位の人口を有する一方、一人あたりのGDPは114位(2006年)と貧困層の多い国です。大小多数の島々からなる国家で、300以上の民族と500以上の言語が存在している多民族国家です。国民の約76%はイスラム教徒です。

ボゴール赤十字病院について

 ボゴール市は首都ジャカルタの南約60kmにある人口約70万人の都市で、インドネシアの中では比較的気温が低く、避暑地といわれています。また、雨の町と言われるほど降水量の多い地域で、滞在中一日として雨の降らない日はありませんでした。ボゴール病院はボゴール市の中核病院として1931年に設立されたインドネシア唯一の赤十字病院でベッド数262床の総合病院です。本病院に対して日本赤十字社は多数の医療器材(救急車、人工呼吸器、血液透析機、レントゲン診断装置、超音波診断装置、手術関連機材、各種モニターなど)を提供してきました。

ボゴール病院での活動

 病院に到着して高齢の患者さんの数が日本と比較して極端に少ないことに気づきました。インドネシアの平均余命は67歳であり、若い患者さんの感染症や良性疾患が症例の多くを占めていることが理由の一つのようです。外科医の派遣は今回が初めてでしたので、主に外科手術や外傷治療への参加、助言を行うこととしました。現地では交通量が非常に多く高速道路も近いため、交通事故による外傷患者が多数搬送され、約3週間の滞在期間中に腹腔内大量出血により緊急手術を必要とした症例が2例ありました。日本では外傷初期診療指針に従って患者さんの状態を診察結果および胸部、骨盤レントゲン写真、超音波検査によって評価します。しかし、ボゴール病院ではCTやエコーなどの検査を行うことは出来ず、病院に搬送時の診察結果のみをもとに診断をつけ、治療方針、手術適応を決定せざるを得ませんので、これまでの知識と経験を総動員してなんとか手術を行いました。1例目の患者さんは腹部の打撲による腎臓破裂で腎臓摘出を必要としましたが救命できました。しかし、2例目の患者さんはバイクの転倒による交通事故で腹部と骨盤を強打し、残念ながら救命することが出来ませんでした。診断機器不足により適切な診断を速やかにつけることが出来なかったことが原因の一つと考えました。さらにこの経験を通じて大きな衝撃をうけたのは、重傷を負った息子を前に手術が必要と説明されたお母さんが経済的な理由で直ぐに手術を受けさせることを決断できなかったことです。政府により貧困な人々への医療保険が提供されているとはいえ、わずかな自己負担金や病院へ通う交通費さえ払えないほどの貧困な人々を目の前にして、医療器材の提供や医療技術の助言、指導だけでは改善できない問題を再認識されられました。

ジャカルタにおける災害訓練

 インドネシアは2004年のスマトラ島沖地震、津波災害、2006年のジャワ島地震災害に代表されるように地震などの自然災害の多い国です。また、ジャカルタは土地が低く恒常的に高潮によって多くの被災者が多数でています。今回、インドネシア赤十字本社を中心とした警察、海軍、消防などの各機関合同の高潮災害訓練に参加しました。海難救助からトリアージ、地域住民の避難誘導などをボランティアの参加により行う大規模な訓練で、非常に統率の取れた真剣な訓練でした。災害における赤十字活動の役割とこれらの活動に欠かすことの出来ないボランティアの人々の力、さらに被災地域がみずから災害に対応する力をつけることの大切さを痛感すると同時に、地域の貧しい住民の方々の笑顔が印象に残る体験でした。

地域医療の視察

 インドネシアには各地域に配置されたプスケスマスという診療所、プシアンドゥという保健施設があり、地域の初期診療、妊婦検診、予防接種、保健指導などを行っています。これらは政府と地域の住民によって運営されている組織で、これらの努力により1歳までに亡くなってしまう子供の数が1000人あたり30人にまで低下させることに成功しています。しかし一方では、地域の伝統的な産婆さんによる分娩で、子宮破裂を起こした例や不潔な器具で臍帯を切断したことによる新生児の破傷風の例もまだ少なくないため、医療スタッフによる教育指導の役割が大きいようです。小さな子供をつれたお母さんたちが地域の民家に集まり、予防接種を子供に受けさせたり、保健衛生指導を受けたりする姿は昔の日本の田舎の風景をみるようで何となく懐かしい感じがしました。

最後に

 約3週間という短い期間でしたが、イスラム圏で生活することや貧しい人々とのふれあい、そのなかで懸命に生活や保健、医療状況を改善しようとする試みを体験することが出来てとても有意義な派遣でした。また、人々の寄付によってまかなわれている赤十字活動が実際に現地で困難な状況にある人々の役に立っている姿を見ることが出来たのは、普段赤十字病院に勤務していながら赤十字活動にはほとんど無縁であった私にとって、自分の立場を再認識するとともに、遠く離れた地域に住む人々の役に立てる喜びを与えてくれた経験だったと思います。今回は平時での派遣でしたが、今後は医師として緊急災害での派遣にも対応できるようになるとともに、当院における国際支援活動をさらに発展させて行ければと思います。